嫌われ者が生涯一人で生きるには

精神科に通って薬を飲んでた2年間、私は夢を見ていました。更新頻度は少なめかもしれない

初転法輪

5人にやっと耳を傾ける様子が見られたので、ブッダは説法をはじめられた。「修行者たちよ、出家者がこの世で実践してはならない極端なことが二つある。一つは愛欲の生活にふけることだ。愛欲にふける人は快楽を得ているようだが、心の底に安らぎは得られない。そのような生活を送っていると満足するということがないから、さらに欲望を追い求め続けて、決して理想の境地に達することはない。

もう一つは、身体を苦しめる苦行を一生懸命行うことだ。身体を苦しめると疲弊するだけで精神を集中することができず、あたりまえのことを考えることすらできなくなる。そうした状態で、どうして真理を追求できようか。無知の闇は智慧の火によって開かれるのであって、身体を苦しめることによってではない。

私はこの二つの極端を離れ真実の智慧を得て、真の悟りを開かせる中道を発見し体得したのだ」

ブッダは続けて説かれた。

「中道とはなにか。それは八つの部分から成る八正道のことである。すなわち、正しい見解(正見)、正しい思惟(正思)、正しいことば(正語)、正しい行い(正業)、正しい生活(正命)、正しい努力(正精進)、正しい自覚(正念)、正しい瞑想(正定)のことである。これこそが真実の安らぎである涅槃(ニルヴァーナ)に導く道なのである。この実践方法に従って、私は悟りを開いて仏陀となったのだ」

このあと、ブッダは四つの真理、つまり四諦についての説法をされた。

「私たちはこの世に生まれたのであるが、生まれるということは苦(生苦)である。生まれれば必ず老いるが、老いも苦(老苦)である。病気になって衰弱することもあるがこれも苦(病苦)である。死もまた苦(死苦)である。これら四つを四苦という。嫌な人と合わなければならないことも苦(怨憎会苦)である。愛するものと離別しなければならないことも苦(愛別離苦)である。欲しいと求めても得られないことがあるが、これも苦(求不得苦)である。執着によって起こる心と身体とそれを取り巻く全てのものは苦(五蘊盛苦)である。前にあげた四つを加えてこれら全てを四苦八苦という。このように、私たちの人生は苦であると見るのが苦に関する尊い真理なのだ。これを苦諦という。

人生における苦の集、つまりその原因と理由になるものは何かを明らかにする真理を集諦という。官能の欲望、幸せになりたい欲望、虚無的な状態になりたい欲望などは、新たな欲望をつのらせる。つぎに集諦で明らかにした欲望を捨て去った状態、苦の原因を捨て去った状態を示す真理が滅諦である。そして、苦を滅する道を説いたのが道諦であり、八正道こそが、実践すべき道なのだ」