生きづらさを抱えてそれでも

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聖徳太子

仏教による政治を推進


聖徳太子が推古天皇の摂政として政治の中心にたったとき、国内は蘇我氏によって天皇さえもないがしろにされる状況であり、国外では隋が中国を統一し高句麗への遠征を企てていた。こうした情勢の中で、太子は仏教を政治の基本理念にすえ、天皇中心の中央集権国家を作ることに力を尽くした。人を束ねる政治に仏教という宗教が必要であった。

太子は全ての人間は「共に凡夫のみ」であり、仏教の教えの前に謙虚になること(世間虚仮、唯仏是真)が、平等で争いのない世の中を作ると考えた。仏教という外来思想を初めて理解し、政治の基本理念としたことは、太子の優れた見識であり、太子をもって日本仏教の源流とされるゆえんである。

(聖徳太子は厩戸皇子のことで、現在では、「実在する人物では無かったのではないか」という説もある。)

・三経義疏(法華経、勝鬘経、維摩経という大乗仏教の三経典に注釈を加えた書物。聖徳太子が著したといわれる。)

・凡夫(欲望や迷いを捨てきれない普通の人のこと)

十七条の憲法は仏教の和の精神によって豪族の対立、抗争を鎮め、天皇親政を築き上げる国家原理である。

仏教の他に、儒学や老荘思想の影響をみることができる。またこの憲法は役人の服務規定であり、日本国憲法のような最高法規としての近代憲法とは異なる。