嫌われ者が生涯一人で生きるには

精神科に通って薬を飲んでた2年間、私は夢を見ていました。更新頻度は少なめかもしれない

2017年

まだ2017年終わってないのに書くのってどうなの?とは思うけどきっと書き忘れてしまうので書こうと思ってる時に書く。


2017年、この年は初めて彼氏ができた年であり、処女を卒業した年であり、たくさん(私にしては)の男の人と通話した年であり、また派遣に初めて挑戦した年でもある。

この彼氏はTwitter→ツイキャスで出会った、一度も実際には会ったことはなく完全にネット恋愛だった、3時くらいから毎晩Skypeで通話していた、大好きだった、結局好きじゃなくなったと言われ振られて終わる、別れたばっかの頃は辛すぎて涙が止まらなかった、タップルでライン交換した優しい人に泣きながら通話してもらって辛さを緩和させた。


処女を卒業した相手は彼氏ではなくタップルで出会った21歳の人、非童貞である、やたらキスをしたがる人だった、個人情報をあまり詳しく載せるわけにはいかないのでこれくらいにしといて、初めてのおせっせはそんなに気持ちいいとは思わなかった、なんだ期待していたほどじゃないな、これならオナニーで充分かとその時は思った、その人は私を好いてくれていたが、私はどうにも本気で心の底からは好きになれず自分の気持ちに嘘はつきたくなかったのでラインを適当に返していたら関係は自然消滅した。


その後のちのスパゲッティおじさんと出会い年収に惹かれ会うことにするが、一回目は花見と静岡空港で美味しいソフトクリームを奢ってもらっただけで健全に別れたが、2回目に会った時1500えんのチーズを絡めたパスタを奢ってもらいとても美味しかったがその後ラブホに連れてかれる、判断力が鈍っていた私はホイホイついて行ってしまっておっさんとやってしまった、最悪だった、その後あまりの気持ち悪さと気分の悪さからアカシジアが酷くなり眠れなくなる


その後救世主が現れる、この人が今の好きな人である。Twitterで出会った人だ、前から繋がってはいたのだがスパおじとの惨事から3日後?(うろ覚え)そのくらいの時期に会うことになった、その日はコメダとカラオケに行った、次の日は浜松餃子を食べに行き浜松城を見てそれからイオンに行った。紳士的?でとても不思議な香り(比喩)がして魅力的な人だった、この間全部相手の奢りである。私はすっかりこの人に惚れてしまった。片思いである。

その後も何度か会ったが、会うと辛くなるので会わない方がいいのでは?と思い始めた、どうせ叶わない恋なのだから思い出だけに留めておくのが一番いいだろうと、来月も誘われたが行かないと思う、会うとその後毎日電話せずにはいられなくなってしまうから、


そして今年は今までになく男性とおしゃべりをした、ネット最高だぜという感じである。Twitterやタップルでたくさんの人とラインを交換した、まあ親からは男漁りをしていると思われているが、


そして仕事はというと2月にアネストというところでカーエアコンの細長いスポンジみたいのをひたすら貼り付ける仕事をしたが2週間でギブアップ、この間Amazonで買った縄とナイフを持ち出し自殺を図るが怖気づき断念、縄とナイフは親にバレて没収される、この時からAmazonで買ったものは一々親に報告しなければいけなくなった、

次に4月、老人施設の厨房で働く、あまりにもきつかった6日でギブアップ、もう二度とあの仕事はしたくない

6月、長い引きこもり状態に耐えられなくなった私は仕事を必死に探していた、と、派遣会社から連絡が来る、私はそこに見学に行きそこで働くことを決める、日機装である、ここではカスケードづくりをした、黒いカーボン紙を貼り合わせて積層してをひたすら8時間、それを週五、辛くなってしまった、結局一ヶ月とちょっとで辞めた、

ここで働いたせいで今私は保険証が無い、10割で精神科に通院している、はあ、


2017年こんな所です。