嫌われ者が生涯一人で生きるには

精神科に通って薬を飲んでた2年間、私は夢を見ていました。更新頻度は少なめかもしれない

高1~高3

無事第一志望(偏差値59)に受かる、自称進学校と言った所だ、難関大へ行く卒業生は片手で数えられるほどしかいない、それどころか国公立へ進む人自体少ないということは卒業してから知った、ほとんどが私大へ進むのだ。

もう既にグループができあがっていて万事休すだったがもう1人一人で行動してる子を見つけて声をかけ仲良くなる、

高校の頃はなめこが好きだった、

部活動は美術部に入る、最初は吹奏楽部に入るつもりだったが友達は入るつもりがなかったみたいなので美術部に行くことにした。

正直私は人間がとても怖くてものすごい近寄るなオーラを出していたのできゃぴきゃぴした女子に怖っwとか言われた、男子に足をひっかけられそうになって避けたり椅子を隠されたりした、1、2年の頃はスクールバスで通ったが、後輩が悪口言ってて怖かったし場違い感は感じていたので3年はチャリ通にした、結局おばあちゃんに送ってもらってたけど、

一年の頃は1年5組だったんだけど体育で理数科と一緒だったんだけど理数科のチャラい人らにめっちゃ冷やかされたり馬鹿にされたりした、もはや人間だと思われてなかった。大まかにきもいブスと毎日言われていたことは覚えているのだが細かくは覚えてない、何をするにしても相手をイラつかせているような気がした、一年の頃は自分のあまりの無能さに虚無感が半端ではなかった、

あとこの時期2chの洒落怖を読み漁っていた怖い話と不思議な話が大好きだった、よくそれで夜寝れなくなったり常に気配を感じて見えないなにかに向かって怒ったりした、

カゲプロと進撃にハマる、ニコ動にハマって毎日ランキングを見るようになる、ワタモテと進撃はニコ動で見た、ホラゲ実況をよく見ていた、楽しかった、その頃って実況ブームでたくさんのおもしろい実況がほぼ毎日上がっていた、ゆっくりの地球防衛軍とガッチマンさんとレトルトさんとアブさんあとキヨさんと最俺さんたちの実況が好きだった、まっくすさんのアイワナ実況も好きだった、その他にもいろいろな実況者がいたけど覚えてない、

現実世界はつらく、現実逃避が楽しかった

中3になると意識だけは高く受験スレを読み漁るようになる、あと東大生の動画を見たりして意識だけは間違いなく高くなっていった、そういうのを見たり読んだだけでなぜか頭が良くなった気になって満足していた

問題集などいっさいやらず教科書を読んだだけで満足していた、

高二の時と意識しか変わらずゲームばかりしていたような気がする、宿題が出ない時は1日0時間なんてのも平気であった、

美術館のアトリエ教室にいたボランティアの静大生がとても親切で静大の美術デザイン専攻を志す。

デッサンはいろんな人からうまいと言われていたので調子に乗っていた、実際自分でも上手いと思っていた(志が低い…)

正直前期の実技試験のデッサンのできはセンターがE判定じゃなければ確実に受かっていたと思った、

静大のオープンキャンパスで自分だけ案内図を配られない、帰り際ボールペンを配っていた静大生に今の子めっちゃぶすだったwと言われるなど、嫌な思い出が多い、

今思えば最初から大学に進学なんてしなければよかったと思う、高卒の公務員試験でも受けてた方が万倍賢かった、しかし当時の自分は美大生に憧れを抱きすぎていた、盲目だった、

結局パンフレットを見ただけで行くのを戸惑った福祉大学へ進学する、(静大センターE判定だった私がセンター利用で半額スカラシップを取れるほどのF欄である)、